迷える少女

 右を見ても森、左を見ても森、どっちを向いても同じような景色で、しまいには前を向いているのか後ろを向いているのかもごっちゃになるほどだった。暑くないのに手が汗ばんでいるのがわかる。
 ジャーマンシェパードのヒューイが、どうする?と私の顔を見上げる。
「あんたも道わかんないの? 犬なんだから鼻を利かせなさいよ、鼻を」
 しゃがみこんでヒューイの鼻をつつくと、嬉しそうに頭を擦り付けてきた。
「今はヨシヨシしてる場合じゃないの! あーあ、どうしよう」

 中村直子、花の女子高生。歳は16。
 せっかくの休日だし、昼食後の腹ごなしになるし、と思って犬の散歩もいつもと違う道を通ってみた。そうしたらいつの間にか森に入ってて、どうやって帰ればいいかわからない。
 せめて道なりに歩いてきてたらなあ、と私は改めてため息をついた。ヒューイが面白がってジグザグに進むからって、なんとなくついてきちゃった私も悪いんだけど。昨日の今頃は散歩を終えて家で新作のゲームをしていたというのに。

「ヒャアン!」
 ヒューイが犬とは思えないような歓声をあげ、いきなり前のめりに走り出した。何か見つけたらしい、なんだろ、ああウサギだ!慌てて散歩紐を握り締める、が、ヒューイの勢いに引っ張られて私まで全速力で走る、走る、走る!
「そっ、そこのヒューイ、止まりなさーい! 今すぐ! 手がちぎれるー!!」
 ヒューイは唾だらけの舌を風になびかせながら興奮しまくってウサギを追いかける。うわーん、飼い主の足の遅さを考えろっての!

ふっと地面の感覚がなくなった。ヒューイがジャンプして宙に浮いているのがゆっくり見える。 
「ひえっ、ヒューイの――」
 ばか、と言う前に目の前が真っ暗になった。


 ぺちゃんぺちゃんと音がする。
 気がついたら、私の顔をヒューイがべとべとに舐めていた。唾臭い。ヒューイ、今度口臭消し買ってあげるね。
 ヒューイの顔って、こんなに大きかったっけ。あれ、舌の長さが……犬って舌長いよね、いや、違う。長いなんてもんじゃない。私の体と同じくらい長い。うわあ、怪物!

「気が付いたな」

 何も見てません、誰にも言いません、食べないで!

「ケコケロケコ!……ケロ?」

叫んだつもりが、私の口から出てきたのはおもちゃみたいな軽い声だった。

 ぎょっとして自分の手を見てみたら、

 ――手が、カエル?!

 指が4本しかなくて、指と指の間には薄いみずかきがついてる。ひじの辺りまでしか見えないけど、見えるところまで見てみたらおなかもカエルになってる。もちろんおへそはない。つるつるだ。
 ぜえぜえ言いながらすぐ横の池まで這って行って自分の姿を水鏡に映してみた。
 そしたら、そこにいるのは人間じゃなくて。

 どこからどう見ても緑の可愛いアマガエルだった。