やだやだ

「驚いたじゃろう」
 驚くもなにもない。あまりに仰天しすぎて、水面に映る自分を見る一秒間ごとに心臓が止まりそうだった。今にもひっくりカエル・・・・・・シャレてる場合ではない。

「こっちじゃ、こっち」

 謎の声が続けて呼びかける。きったない声。まさにカエルを車でぺしゃんこにした時の断末魔のうめき声みたいな。
 いつ来たのか、漬物石みたいなでっかいヒキガエルがいた。それでもヒューイの隣にいるとだいぶ小さい。
 そのヒキガエルが大儀そうに口を開く。
「我輩はこの池の主じゃ。おぬし、よくも我輩の祠を蹴っ飛ばしてくれたな」
「ケロッ?」
 何言ってんのよ。祠なんて知らないわよ。
「よくもまあ、ぬけぬけと。お前の後ろを見てみよ」
 さすがカエル同士、私の言ってることがわかるらしい。ヒキガエルはでっぷりしたアゴをぐいとしゃくった。
 言われたとおり後ろを見てみると、四角い石が二段に積んであって、その上にカエルの置物が置いてあった。まわりにはぼろぼろの腐りかけの板が散らばっている。私の靴もあった。

「おぬしがやったのじゃ」

池の主はゆっくりとため息をつき、顔をしかめた。
 どうやら、崖から飛び出したときに祠にかかと落としでもくらわせてしまったようなのだ。崖っていっても1mくらいの、ちょっとしたでっぱりと言ったほうがしっくりくるようなものだけど。

 ハッと思いつく。

 ま、まさかその仕返しにカエルに変えられたとか……

「ご名答」
「ケロロケー!」
 ひええ、冗談じゃないわよ! ほんの事故じゃないの!
 私は思わずニワトリみたいな声で叫んだ。

 私のヒステリックな声を聞いて、池の主は顔のしわをますます深めながらのどをプクーッと膨らませた。

「こっちだって冗談ではないのじゃ! 既に余命短く、訪ねる人間も絶えて久しく、祠なぞ二度と作ってくれまい。いよいよ死ぬ時は朽ちた物であっても形ある祠を眺めながら、と、とほほ、心に決めておったのに、おぬしが、壊してしまいおって。何が事故じゃ。なんとも情けなや……ゲロゲロ、ゲゲロゲロロロロ……」
 池の主は息を詰まらせて下を向いた。あの、ゲロゲロ言ってるけど、吐いてるんじゃないのよ。泣いてるんだと思う。

 池の主を横目に、私は何度も何度も自分の姿を確かめた。でも間違いなくカエル。疑いもなくカエル。夢でもないらしい。
 あまりにも非常識な現実に、逆になんだか冷静になってしまう。
 とにかく元に戻るためには池の主を説得しないと。

 私は泣きじゃくる池の主ににじり寄り、ぽんぽんと肩……に届かないので、足を叩く。
「ケロ、ケロロロ。ケコケコケコ」
 元気出しなさいよ。祠なんてまた作れるじゃない。
「おぬし、反省しておるのか?! これじゃから近頃の若いもんは!」
 池の主が、目が落ちそうなくらいに目をむいて私を睨みつけた。
「ケロケロケロ」
 私を元に戻したらもっと綺麗で新しい祠を建て直してあげるからさ。
「な、何。本当か!」
 池の主の顔がぱっと明るくなり、にまーっと笑顔になった。口角が顔の半分の辺りまで引き上げられている。

 単純ねえ。おっと、これは口には出さない。
「ケロ」
 もちろんよ、と頷いた。うちの近くには材木工場があって、木の板のあまったやつなんていくらでもくれる。
 元々小さい祠だし、壁を作って屋根をつけるだけだから私一人でも楽勝、楽勝! 飾り付けもクリスマスツリーみたいに豪華にしちゃうんだから。
「おお! それではよろしく頼むぞ!」
 池の主は重たい体でボヨンと跳びあがった。落ちた反動で頭が体に沈む。
「ケロケ〜ロ!」
 まっかしといて! さ、早く人間に戻して!
 私はドンと胸を叩いた。しめしめ、これでとにかく人間に戻れる。
 ヒキガエルも顔中でにこにこして、あごをタプタプさせて頷いた。

「うむ、おぬしの呪いは、おぬしと深く愛しあっている人間がセップンすれば解けるからな。早く行ってくるのじゃ!」

「……けろ?」

 な、なんですって? セップンて、キス?! アンタが呪ったんだからアンタならすぐ解けるんでしょ?!
「いやあ、その呪いは接吻でしか解けぬのじゃ。もうこの呪いしか覚えておらんかったが、カッとなってつい呪ってしもうた。我輩も年をとったものじゃのう。すっかり気が短くなって」
「ケーッ!」
 私は思わず垂直に飛び上がった。


 私と深く愛しあっている人とキスしなきゃ戻れない、だって。誰よそれ。
 私には生まれてから今日まで、恋人ってものがいないのよ。